Over the Rainbow

その音を探しに

いってらっしゃい  3/21

1月は行き、2月は逃げ、そして3月は去る月

あっという間に流れる時間を表現しているのだろうが、3月は確かに立ち去り、別れ行く刻だ

 

例年より冷え込みが厳しい今年の3月21日の早朝、大切な大切な存在が旅立った

20年近くずっと寄り添ってきた愛猫が、地上の重力から解放され虹の橋を渡りに行ってしまったのだ

たった独りで

 

覚悟はしていた

なんせもう少しで20歳である

あちこち廻り廻って我が家が最後の願い先、断ったら次の行き場所は保健所と言われた誕生日不明な野良春仔だった

離乳までは動物病院で面倒をみて、病気のチェックもするからと拝み倒された

写真も何も見ず、良心の呵責に苛まれたくないだけで引き取った子が、こんなに長く共に過ごすことになるとは

 

初めて会ったときは、掌に乗る小さな仔でどうなるか心配だった

でも、私の膝に登って寝てくれた

その殆ど感じられない“重み”に、この子の母親になろうと決心出来たのだと思う

 

それからは、いつもこの子と一緒の日々だった

転寝する私のお腹の脇にくっつき、丸まって寝るこの子の鼓動を感じる度に、まるで本当に受胎したかのような気分になっていた

本当に本当に、可愛かった

 

あまりに小さい頃に親から離された反動で異食症だったし、気位は頂上だったし、私に対する執着も凄かった

でも、外出から帰って外門開閉の音に気がつくと、奥の部屋から玄関まで飛んで出てきてお迎えしてくれる賢い子で

『遅いわよ!』とプリプリ見上げる姿を見ると、「ごめんごめん」と謝りながら、なんだか笑えてきたっけ

ちょっとメンヘラ気質ではあったが、頭が良く、家族にはツンデレで甘えてくれる女王様

勢い良く全身で愛情を求める姿は、やがて時間の経過とともにゆったりとしたものになり、この半年は膝の上で寝ては顔を上げ、じっと瞳を見るの繰り返しに落ち着いた

そう、人間の瞳を見るのが好きな子だった

猫は眼を見られるのを嫌うらしいのに、この子は前脚で人間の顔の向きを修正してくるくらい、瞳と瞳を合わせるのを求める癖があった

多分、視られているのを確かめることで、愛情を感じられていたのだろう

 

割と最後の方まで窓辺へ攀じ登っていたので、家の中はボロボロだ

ちょっと座ると膝の上を占拠し『視ろ視るな、モフれモフるな、寝るから動くんじゃない』と威張りまくるんで、下僕は腰痛になったよw

 

でも、それももう全て思い出

今年に入り急激に老化が進み、最後の1ヶ月近くは粗相も増えた

その粗相も本来なら耐え難い刺激臭がする筈なのに、全く匂わなくなっていたのが切なかった

あぁ、こういう形でも命の火の消える様は示されているんだなぁ、と

 

旅立つ前日、別に住んでいる家族2号が見舞いに来た

身内以外を拒否する子なので、長く離れていたもう1人の家族を忘れて嫌がらないかと不安だったが、すんなりと受け入れて抱っこされていた

もう、立ち上がる処か、座る気力もなかったからかもしれないが

それでも、頑張って顔を上げ、久しぶりの家族を見つめていたと思う

でも、そこまでだった

 

夜になると、スポイトでの給水も難しくなってきたので愈々かと覚悟を決めた

この子の最期は一緒に居ようと思っていたので、寄り添って「大好き、うちの子になってくれてありがとう」を何回も何回も繰り返し、撫でて撫でて

それなのに、独りで虹の橋を渡らせてしまった

夜中まで起きていたが、転寝してしまった短い時間の隙に、黙って行ってしまった

6時前に目が覚め、真横にあったお腹を触ったらもう呼吸が止まっていた

まだほんのり温かい気もしたが、動かず虚空を見つめて

ごめん、ごめんね

最期は最初と同じように、膝の上で抱っこしてあげたかったのに

猫は人間に見られないように旅立つと言うが、私が寝潰れるのを待っていたのだろうか

その瞳が最後に見たのは何だったのかな

私の寝顔だったのかな

そうだったら良いな

 

共に過ごせたこの20年近くは、本当に楽しく愛おしい日々だった

それだけに、存在が失われてからのこの数日、気がつくと慟哭している

悲嘆や号泣ですらなく、慟哭

平均寿命より長くいてくれたし、悔いはないと思っていたが、そういう理性を超えて制御の効かない慟哭が、見境ないタイミングで押し寄せている

 

そりゃそうだよね、我が子を喪ったのだから

 

だが、初七日を迎え、やっと思うことが出来た

いつまでも嘆いていたら、この子も心安らかに虹の橋を渡り切れないと

生まれて直ぐ生き別れた本当のお母さんや、兄弟たちにやっと会えるのに、下僕風情が足止めしてはならぬ

だから、もう少しは泣いちゃうかもしれないが、狂ったように嘆くのはやめる

やめなくてはならない

泣き笑いしつつ「いってらっしゃい」と手を振ろう

さようならではなく、いってらっしゃい

虹の橋の先で、思う存分遊んでおいで

そして、気が向いたら戻ってらっしゃいませ

 

慟哭を繰り返し、疲れ果てて10数分ほど寝てしまった時、なんだか不思議な夢を見た

夢の中でも、その直前と同じ状況で寝ており、出勤していた家族1号の帰宅音で目が覚めた

通常の帰宅時間よりかなり早く、焦って夕飯の準備をしようとしたが、家族1号はニヤニヤと笑っている

その視線の先から覚えのある鳴き声がして……箱に入った小さな仔猫がいた

「もう猫は飼わないと言っていたのに何故?!」

とパニりつつ、全く違う毛色のその仔猫をあの子の名前で呼んだり、いやいやあの子とは別猫だと首を振ったりアタフタしながら手を伸ばしたところで目が覚めた

 

ふわふわの全身明るい茶色い仔猫、

途方に暮れた顔をしていたな

サビ毛ハチワレでお腹は白かったあの子とは、全然違う

もしかしたら、新しい服はそういうのを着たいのかな

家にまた来てくれるにしても、そうでないにしても、新しい服もとても可愛かったよ

今までの鍵尻尾な貴女も可愛かった、というかとても美人さんだった

あぁそうか、次は可愛い系でテッペン取りにいくのかな?w

どっちでもいいよ、幸せなニャン生で居てくれたのなら

今までありがとう

新しい世界に、いってらっしゃい

またね

 

 

長々と書き殴って、やっと気持ちの整理がつきました

ネットでは毛玉様(本名は内緒w)と名乗って、時々威張りんぼな姿でウロウロしたあの子のこと、憶えていてくださる方もいるかもしれません

猫とはいえ、これだけ長い歳月を共に居続けるともう自分自身の一部

嘆くのはやめましたが、この欠落感は私自身の意識が続く間は、微かになったとしても消える事はないでしょう

それでいいと思います

そういう存在が、私の人生に居てくれた

それだけでもう、得難い幸せなのですから